「ねえ、殺人ってあんなにあっけないものなの?」

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「自殺、死って、感動的だよね――」近藤が、若干、苦笑に歪む口元で言う。

「それに比べて、ねえ、殺人ってあんなにあっけないものなの? あなたが獄中で書いたデビュー作の中の一章が、右翼のテロリストの物語だったでしょ。あの時、文学関係者からもの凄く批判されたじゃない。<テロ、殺人という重大なことを実行するまでの、複雑な心理描写が書かれていない。 ラスコーフリニコフの心理描写でもよく読み直して勉強したほうがいい>ってね。でも……今、ふと思ったんだけど……ええとね、もしかすると、逆かなって。強盗や放火や強姦、盗み、スリ、結婚詐欺、狂信カルト、薬物……とか、どの時代でも、大体はヤバいというか、禁止されて<罪>とされる行動は多いけど……確かにこの<殺人>ってやつだけは、最大重罰と、最高叙勲行為、その両端の間を、せわしなく昇り降りしてるもんな……」

見沢知廉『蒼白の馬上』(青林堂)

見沢氏自身がかつて公式サイトに「遺言気分のヤケクソでポストをさらにポストモダンして書いた」と明かした、 衝撃の問題作である。見沢氏が刑務所で12年間過ごす原因になった「スパイ粛清事件」をモデルにして、 殺人者の心理を率直に表現しており、文字通り、命を磨り減らして書いた労作であろう。

その最終章にこのような一節があった。

ピン、ポン――玄関のベルが鳴った。――今度は誰だろう? 死神だけはちょっと待ってくれ。まだ若干やらねばならないことがある。……

見沢知廉『蒼白の馬上』(青林堂)

見沢さん、やり残したことは、本当にないのですか?……

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